万里の道も一歩から

エンタメもぐもぐ日記

196日目:エーリッヒ・フロム『愛するということ』

読みましたわーーーー!!!!


VTuberの推しが決まらない」という悩みがどんどん広がって「私は人を愛したことがないのでは??愛ってなんだ??」まで辿り着いたのでこちらの名著を読んだんですが、良い本だった!
お恥ずかしながらずっと前から買ってはいたんですけど積読状態になってましてね……でもこの悩みを抱いている今だからこそ解像度が上がった部分もあって、ほんとに今読んで良かったなと思いました。

多分世の中に無限に出てるかつ胡散臭い「愛とは……」みたいなジャンルの本の中で安心して読めるがっつりした骨太さというか、たしかに原著刊行が1956年なのでうっわなんて古臭い考え方なの!とびっくりする部分もあったけど、それを差し引いても読んで良い本と思います。


てなかんじであまりに骨太すぎて内容忘れそうなので、ほうほうと思った&これ進研ゼミでやったぞ!と感じた箇所を下記にまとめます。
私の語彙や解釈でお送りしてますので、気になる方はぜひ原本を当たってみてくださいませ!


【愛するとは?】

・愛とは技術である

・ただ一般的に「恋に落ちる」みたいな表現があることから、ビビッとくる相手に巡り会えれば必然的に恋や愛は自然とスタートすると考えられていることが多い

・そうじゃない、愛するとは技術である

・言うなれば、絵の練習を全くしていないのに「ビビッとくるキャラに出会えたら俺は絵を描いて神絵師になるんで〜〜大丈夫っす〜〜」と胡座を掻いているようなものである

・神絵師を目指すのなら絵の練習が必要だし、ちゃんと人を愛せるようになるためにも練習が必要だ

・世間では「愛されるためには?」みたいにどちらかというと「愛される」にフォーカスが当たっているが、愛の本質は「愛する」である
KinKi Kids先輩の名曲「愛されるより愛したい」は本質ソングなのかもしれない
→『花より男子』に出てくる名台詞「急がば回れ、愛されたければまずあなたが愛しなさい」も本質なのかもしれない

・愛とは「もらう」より「与える」ものであり、この場合の「与える」とは見返りを求めるものでも自己犠牲に酔うものでもなく、自分の持てる力と豊かさを実感するための行いである

・物質的な何かではなく、自分の喜び、興味、理解、知識、ユーモア、悲しみなど、自分の中に息づいているものを与えるのが重要である

・愛とは、特定の人間に対する関係ではく、世界全体に対して人がどう関わるかを決定する態度である

・ひとりの人をほんとうに愛するとは、全ての人を愛することであり、世界を愛し、生命を愛することである
→「世界を守る」系の規模がでかい話が繰り広げられる作品によく出てくる「貴方が守るこの世界を私は愛している」的な台詞はわりと愛の本質なのかもしれない

・もし1人の他人だけしか愛さず、他の人々には無関心だとしたら、それは愛ではなく自己中心主義が拡大されたものにすぎない
→あぁ〜〜言いたいことはわかるがそういう閉じられた狭い世界の愛を描いている作品ってけっこう好きだな〜〜〜というか私以外にもそういうオタクは多いと思うぞ

旧約聖書において、人間がおもに愛するのは貧者、よそ者、寡婦、孤児、そして国の敵であるエジプト人エドム人である
→私は対立する家の人間と猛烈な恋に落ちる『ロミオとジュリエット』、もうちょい言うと「敵組織の人間と恋に落ちてしまうBL」が三度の飯より好きなんですが旧約聖書的にOK出ました!!(??)

・他人を愛するのにまず必要なのは「自己愛」であり、自分の人生・幸福・成長・自由を肯定することが自分自身の「誰かを愛する能力」の基盤になっていく

・他人しか愛せない人は、本質的に「愛する」ということができていない


【では実際にどうやって愛する技術を磨けばいいのか?】

・愛することは個人的な経験であり、自分で経験する以外にそれを経験する方法はない

・技術の習練には規律、集中、忍耐が必要であり、そして何より技術の習得に最大限の関心を抱くことが重要である

・ひとりでいられる能力こそ、愛する能力の前提条件だ

・集中するとは、いまここで、全身で、現在を生きることだ
→きたーーー!!!!東京事変「閃光少女」だーーーー!!!!!!やっぱり生きる指針にすべきなのは「閃光少女」なんですわーーー!!!!!!わたくしその話はもう3日くらい前にTwitterでしてましたわよーーーー!!!!!!

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・愛を達成するためにはまずナルシシズムを克服する必要があり、ナルシシズムと対極の存在が「客観力」である

・国際関係においても、人間関係においても、客観性は稀にしか見られず、相手のイメージは多かれ少なかれナルシシズムによって歪められている

・客観的に考える能力が「理性」であり、理性の基盤となる感情面の姿勢が「謙虚さ」である

・人を愛するためにはナルシシズムから抜け出ていることが必要であるから、謙虚さと客観性と理性を育てなければならない

・上記ができても、愛の技術へといたる道はまだ半分しか来ていない

・愛の技術の習練には「信じる」ことの習練が必要だ
→信じることがすべてLove so sweetですわ〜〜〜〜〜!!!!!!!!

Love so sweet

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・「まぁ世間もそう言ってるからそうっしょ」みたいなふわっと「信じる」ではなく、自分の思考や感情の経験に基づいた確信たる「信念」を築く必要がある

・「信じる」対象は自分と他人の両方だ

・自分を「信じている」者だけが、他人にたいして誠実になれる

・愛に関していえば重要なのは自分の愛に対する信念であり、自分の愛は信頼に値するもので他人の中に愛を生むことができると「信じる」ことである

・他人を「信じる」ことの意味は、他人の可能性を「信じる」ことである

・他人を「信じる」ということを突き詰めていけば、人類を「信じる」ということになる

・安全と安定こそが人生の第一条件だという人は信念を抱くことができない

・愛するには、勇気が必要だ

・これが1番大事なものだと判断し、思い切ってジャンプし、全てを賭ける勇気である
→はい!!!!!宝塚歌劇団でそういうのいっぱい観ました!!!!!!!!!!

・人を愛するということは何の保証もないのに行動を起こすことであり、こちらが愛せばきっと相手の心にも愛が生まれるだろうという希望に全身を委ねることである

・愛とは信念の行為であり、わずかな信念しかもっていない人は、わずかしか愛せない

・愛の可能性を信じることは、人間の本性そのものへの洞察に基づいた理にかなった信念なのである



以上で!!ございます!!!!

いやぁ〜〜〜〜人を愛するにはやることいっぱいあるね!死ぬほどある!そして今書いたようなことできてる人間が一体この世に何人いますかという話ですよ。東京都に3人居れば多いほうでしょ……

というか私はまず根本として性悪説側の人間なので、人類を信じる……ちょっとむつかしいな!えへへ!というところではある。まじでこんなしょうもない生き物早く滅んだほうが良いからな……
いや私だって最初は性善説だったんですよぉ!いろいろあった!人生いろいろあったんです!えーん!!


まぁでもどちらかと言うと私は自分自身というよりも創作活動において今回の学びを得て良かったなと思いました。
自カプに愛に溢れる行動をしてもらいたい!どうしよう!愛がわからん!となることが多々あるので、自分自身が実践できるかはひとまず置いといて「人類を信じる」「不確かなものに飛び込む勇気を持つ」辺りを意識すれば愛っぽい人間が描けるかもしれない。自分ができないことを自カプにやらせるな……すいません……

正直ここまで出来上がった人間ってシンプルに見たことないからさ、実際会ったらどういう印象を抱くんだろうね。わかんないな……知り合いにいる!とか私がそうです!みたいなのがあればぜひ教えてください。
多分私は現世で生きてる間にここまで到達するのは無理そう。うむうむ。


そして結論としては、全体的にあーなんかこれ……中村明日美子先生の『同級生』で読んだな……ということがいっぱいあったのでひとまず愛を知るには『同級生』を読もう。話はそこからだ。

オタク仲間と「大切なことは全て商業BLが教えてくれる」という名称のLINEグループがあるんですが、やっぱり大切なことは全て商業BLが教えてくれた……これこそ確固たる信念……信念を抱かないと誰かを愛することはできない……つまり商業BLは愛………………………



おわり